詠み人知らず
業務連絡:お嬢、できる限り夜のメッセへの出頭お願いしますw
電撃文庫・3月の感想2
■山科 千晶×高野 音彦『つきこい』  ★★★☆☆
つきこい俺は空を見上げた。街の明かりに白く照らされた夜空に、
噂どおり月がぽっかりと浮かんでいた。
「―― 満月じゃなくても、会えるのか」
渋谷ハチ公前交差点。俺は一人の女性に出会った。
その交差点で死んだ彼氏のトキを何年も待ち続けているという、
噂の“渋谷の月待ち女”イズミ。そして俺は、そんな彼女に惹かれたのだった。
表題作の『つきこい』に『月下少年』を加えた、イズミを巡る二つのラブ・ファンタジー。

最初はジャケ買い。高野先生の絵好きなのよね。
あらすじを読むと切なさ乱れ撃ちのラブストーリーらしい。
感想執筆用(アタシは本の感想を書く時、それに合う曲をかけて書くのよw)の
ラヴソングも用意していざ出陣!・・・したが、正直泣ける話では無かった。
・・・無かったが、違う意味で胸がいっぱいになった良いラヴ本でした。ほっこり。

この本は短編2つと、間章からなっています。
真冬の都会で、父親を待つ少女が、突然現れた少年に向かって
この場所にまつわるちょっと不思議な話をする『モーニング・ムーン』。
将来の展望が見えず、左右にもがく少年が、いつもハチ公前の交差点で
月を見上げているちょっと不思議な女性に惹かれる話『つきこい 続・月下少年』。
高校生のイズミがいつも月を見上げているちょっと不思議な少年に惹かれる話『月下少年』。
掲載はこの順番ですが、時系列的には「月下少年→つきこい→モーニング・ムーン」です。

『つきこい 続・月下少年』。主人公・新谷は学業の傍ら、バンド活動をしている。
カラオケBOXでバイトをしつつ、毎日を無為に過ごす冴えない都会の大学生だ。
怪しいキャッチセールスに援助交際・・・新谷の周りは日々煩いのに、
彼自身の人生に波風が立つことは無かった。そんなある日、新谷は何の前触れも無く
イズミと名乗る1人の女性に惹かれる事になる。“渋谷の月待ち女”・・・
待ち合わせの日に死んだ恋人をハチ公前で待っている・・・忠犬女と噂される女性である。
新谷がイズミと出会った事も、惹かれた事も、最初は“偶然”だった。
しかしその想いは新谷が知る事なく大きく膨れ、彼を“必然”へと導いていく。

新谷の“必然”は彼の想いを育てるのに十分だったようで、
大人の女性、清楚、デキるOL・・・いつしか彼女を良い様に偶像化していた。
新谷の格好良い点は、こういう自分の行動をちゃんと理解出来ている事だ。
自分が勝手な偶像化をし、でもそれを止める事が出来ないと悟った彼は、
理想と現実の境界線がはっきり見えていて、一定の線からは踏み込まないようにしてた。

でも・・・というか、だからこそというか、これだから人間はやめられない訳で。
恋は人を盲目にさせるとは素晴らしい言葉ですね。そして残酷ですね!w
「男は押して押して押し捲るべし」「女の“良い人”はNGのサイン」・・・
どこかで聞いたようなフレーズ達を装備し、盲目と化した新谷は、
これを剣も魔法もない純粋なラブストーリーへと昇華させていく。

人間関係や恋愛といったものに達観した感がある大人の女性・イズミの魅力は大きかった。
ラノベではあまり見かけないタイプのヒロインだと思う。ある種のゴール地点から、
新谷を応援するその声援は時に緩慢に、時に迅速に物語を動かしていた気がする。
それに振り回され、何度もこけて、泥を被りつつも、自身の信念だけは
曲げなかった新谷の心意気は実に天晴れだった。彼にとっては何気ない行動でも、
イズミが感じた様に「簡単に出来る事ではない」言動が多々目立ったよな。
俺はその度に耳が痛くなり、心を揺さぶられ、声にならない声を上げた。

新谷は自身のバンドのオーディションを兼ねたライヴハウスでのライヴに彼女を誘う。
追いかければ逃げ、逃げれば追いかけられるような距離感。それに焦りを見た新谷は、
イズミを誘う際に他愛も無い・・・本当に他愛もないはずの嘘をつく。
その小さかったはずの嘘が、彼の人生を大きく変えてしまう。

でもイズミはその嘘に驚きはしたものの、それに激高する事は無かった。
多分、イズミは彼がついた嘘の中に自分に対する本当の気持ちを見たんだろう。
加えて、純真な彼に最初に「トキ!」と声をかけてしまった自分にこそ、
彼が嘘をつかなければいけなかった理由なのだと、後悔と謝罪の念が強かったのだろう。

結局、2人は結ばれる事なく終わります。
ただ、全てを曝け出した新谷が最後に初めてイズミと同じ場所に立てた、
対等になれた事は分かります。スタートラインに立つまでかなりかかったけど、
彼ならトキの呪縛を解き放てるだろうなぁとほっこりして読み終えました。

『月下少年』。イズミが新谷と出会う前、まだ高2の頃の話。
彼女がなぜ“渋谷の月待ち女”となったのか、トキとは誰なのかが語られます。
こちらの話は、トキの正体について多少ファンタジー要素があります。
「こっちの世界」とか、恋というものが存在しないとか意味不明な事を言うトキ。
実はトキはパラレルワールドからやってきたプログラムハンターで、こっちの世界に
迷い込んだ胚虫を追いかけてきた・・・との事ですが、この物語では些事です。
イズミにとってもそれ自体は些事です。重要なのは、普通に埋没し、
平坦を謳歌している人生・・・そして寄ってくる男はいつも決まっていて、
“人間”に飽き始めていた人生を送っていたイズミという少女が、
トキの言動や存在そのものによって“何か”を刺激されたという事。

彼女はトキと別れてから“渋谷の月待ち女”と言われるまで
その“何か”の答えを待ち続ける事になったのだなと、俺は解釈しました。
で、その“何か”に対する「待つ」という逃げ、停滞ととれる行為を否定し、
1つの可能性(若しかすると答え)を提示したのが新谷なのかな、と。
無論、新谷自身はそんな事これっぽっちも考えていないでしょうが、
「待つ」を止めさせ、イズミを再び歩かせる事になった原動力は間違いなく新谷。
先ほどの嘘もそうだが、意図せず彼の気持ちの中から零れ落ちる気持ちの欠片には、
同性の俺でさえ惹かれるものがありました。榊原やミヤコ、アッコと言った面々が
彼の周りに集まっていた(例の嘘も許してたし)理由も自ずと知れるというもの。
うん、人間なんてーもんは最終的にはそこなのよ。心の受け皿は笊じゃダメなの!w

達観する前の、正真正銘の高校2年生のイズミが『つきこい 続・月下少年』の
イズミと比較できて面白かったです。彼女が何を感じ、何を想い、あそこに至ったのか。
この短編を読んでそれを理解した時、『つきこい 続・月下少年』の味が深まりました。

7年間トキを待ち続け停滞したイズミ。5年間イズミを口説き続けた我武者羅な新谷。
この2つの短編を読むと『モーニング・ムーン』に出てくる父を待つ少女、
謎の少年、そして父親が誰なのか想像がつきます。また新谷とイズミのその後もね。
立場や、内容が違えど、どちらも将来が見えておらず、右往左往していた2人。
そんな2人が出会った事で、彼らは自分が生きる意味、護るべき存在を得た。
人を好きになる事が、人間としてのあり方すら決めてしまう力がある事を改めて認識。

賛否両論ある『月下少年』のファンタジー要素が若干気にはなりますが、
“月”から連想するような朧げさや儚さはほどほどで、読了後の喉越しは良く、
なかなかに楽しめたラヴ話でした。久しぶりに良い意味で続きが読みたくないと
思える作品に出会った感じです。次にほっこりさせてくれる作品は何だろうなぁ。

テーマ:ライトノベル - ジャンル:本・雑誌

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2008/03/16(日) 10:11:29) | ライトノベル読もうぜ!