詠み人知らず
勝ったな。
電撃文庫・4月の感想1
■ハセガワ ケイスケ×七草『しにがみのバラッド。⑩』  ★★☆☆☆
しにがみのバラッド。⑩行ってくるね。真っ白な少女は、精一杯に笑った。仕え魔のダニエルは哀しそうに、
行ってらっしゃい。と応えた。白い少女の向かう先は、光が塗り替えた世界。
そこは、何も無い世界。少女は、透明な空に、透けるように少しずつ消えていく。
そうして、ここから、離れていった。――少女を待っていたのは、赫い血の色の空。
鈍色に光るのは、巨大な鎌。その少女は、死神だった。真っ黒の。
そして、はじまる。はじまりの終わり。終わりのはじまり。

2桁の大台に突入した白い死神による哀しくてやさしい物語。
今回は『花のゆめ』『世界の終わりにハミングを』『炭酸水と透明のキミへ』
『その流星の命は』の4本が収録されています。『しにバラ』は作者の精神状態によって
内容の落差が激しいと言われますが、10巻は“当たり”の巻だったのではないかと。

『花のゆめ』。モモが直接出てこない珍しい形の短編。生きるって、死ぬって何だろうを
思春期の少女が、更に年下の少年を視点を通した自分の視点から、1つの答えを得る話。
6巻辺りからみられる表現し難いダラダラ感を少し感じはしたものの、
生と死はこの物語のメインテーマにして、ハセガワ先生の言いたい事だから興味深く読んだ。
この話を読んでいる時に、大学のある講義で観たドキュメント映画を思い出したわ。
それは海外のメディアが、余命一年のある老人が死ぬまでを追ったもの。
死の瞬間までしっかり一年記録してある。

静かな森の中の一軒家で、子や孫に囲まれて死へ近づいていく老人。
老人は「死ぬ事が分かってからは死ぬ事は恐くなくなった。死ぬと分からないで
生きていた期間は死ぬ事が何よりも恐かった」と言った。老人は死ぬと分かった瞬間、
生死よりも大事な物を探す旅に出た。老人は動けない体で生きた証を探し始める。
しかし見つからない。近づくタイムリミット。そして死ぬ日、
老人はそこにとても面白いものがあるかの如く満面の笑みで永眠った。
老人は最期に見つけたんだ。生きた証を。それが何だったのかは人それぞれが思うところ。
恐らくそれは、死の瞬間、眼前に広がっていた“今”だったんだろうと思う。
フィクションではないから実に生々しい作品でした、観終わったあと5分くらいは
誰も何も言葉を発せず、考えられず、何人かの女性は嗚咽を漏らしていた。

ネコが桜の“栄養”になると信じていた少年は、同時に1つの死は1つの生を
繋げていくものであり、どんな死も決して無駄ではないと言う事を本能的に感じていたようだ。
そうした少年の無垢な感情に静奈は死ぬという事、生きるという事は幸せのカタチを探す旅であり、
“今”を遺す旅であり、最期に笑顔で終われるようにする旅なんだと気付いた・・・んかな。
ところで途中に出てきた「ペットを宇宙へ連れて行く実験を行う~」ってアレだよね?w

『世界の終わりにハミングを』。世界の終わりを願うとある少女が主人公。
明日テストだ・・・明日面接だ・・・これから来る嫌な事がある時、
人間誰しも世界が終わればいいのにと思った事があると思う。
この少女もただ生きているだけの毎日に、世界の終わりを願っていた。
でもよく考えたら何で人間は“世界”の終わりを願うのか。
嫌な事があるんだったら自分が終わればいいのに。

自分だけが終わったら、親友Aに明日彼女が出来るかもしれない、
親友Bが大金を拾うかもしれない、そんなの“不公平”だ。俺だけ終わるなんて。
賢すぎる人間様は、それら“未来の無”を感じて、全ての終わりを願っちゃうんだと思う。
この少女もそんな人間の1人でした。そしてその終わりはある突然やってきます。
ただし終わったのは“世界”でも“自分”でも無かった。
終わったのは自分の周りの小さな小さな世界。親友の事故死だった。
彼女は気付きます、世界や自分や終わらなくても、今まで視ようとしていなかった
周りの世界が終わるだけでも自分は終わってしまうのだと。その終わりは
世界や自分を代償とするものよりも酷く苦しいもので、自分は終われない・・・
終われないのに終わった苦痛を伴うという矛盾が襲い掛かるのです。

少女は自分を“無”だと言っていました。でもその“無”から溢れ出ていたものは
“無”なんかではなく明らかに彼女を形作る1つのものでした。それが自分にある事に気付けず、
一度も手にする事無く、無くしてしまった。そして今度は、その無くしたものを
抱えて(哀しい矛盾だぜ)本当の終わりを願う少女でした・・・みたいな流れ。

「朝十分の読書の時間」は、彼女の世界そのものを表していたんかなぁ。
集団に於いても読書という行為によって自分独りの世界が創られる。そしてその時間に
ちょっかいをだしてくる事故死した親友は、自分の世界を侵す害虫で、彼女が終わろうと
自分には関係ない・・・と思っていたフシがある。彼女が愛していたのは「朝十分の読書の時間」
ではなく親友とのやり取りだともっと早く気付けたなら、終わりなど願わなくて良かったのにね。
いかにもな終わり方なので今後、リンクさせて出てきそうな気がします。彼女の名前も不明だし。

『炭酸水と透明のキミへ』。今回、一番良かったです。
やっぱり『しにバラ』は「ラヴ×(生+死)=?」ですよ!もうサイコー!
終わり方が意外だった。まさか還って来るとは。黄泉還りかよ。モモ、仕事しろよw
だが、あの終わり方は次を連想される。ラヴの最後も濁されていたし期待できそう?

自分を誰かに重ねる。その人が死ぬと自分にとってどういう影響があるのか。
普段何気なく感じている事だけど、憧れとか羨望ってあるよな。見た目や性格、能力。
色んな面であの人になりたいを感じる。それって、自分も知らない間にその人と
同じ魂になるって事なんだよな。だから死ぬと半身をもぎ取られたように感じる。
作中にも出てきたけど盗んだバイクで走り出す歌手が亡くなった時も、
そう感じた人は多かったんだろう。自分もファンだが、俺の場合は尾崎やブルーハーツ世代の
後の世代だったから号泣とまではいかなかった。自分の体が半分消える思いよりも、
類稀なる才能が逝ってしまったという残念な気持ちの方が強かったね。
作中、たまにこの世代のネタがある。どうやらハセガワ先生はこの世代っぽいですね?

同い年で生年月日、血液型も同じなアイドルのユカに何となく憧れていたコマチ。
そのユカが死に、自分のもとへ「あたし、未練があるらしい」とやってくる。
一緒に行動する事になったコマチはユカに全てを重ね、自分が知らない間に“自分”を
無くしてしまう。「私のいい所って?私とユカの違いって?そもそも“私”って何?」と、
どんなに小さな事でもユカと比べてしまい、遂には“自分”を見失うコマチ。
しかし、ずっと“自分”の良さを理解して欲しいと願っていたユカと、
コマチが好きだからこそ“コマチ”を見続けていた青山によって、“自分”を取り戻し、
同時にコマチが“そういう目”で青山を見る事になったってお話。青山君、かっこよすぎですw

貴方は貴方、自分は自分なんて当たり前のことなのに、誰かに自分を重ねすぎると
それすら見えなくなってしまう。一昔に流行ったある歌手のように全身を黒くしていた
女性達は“自分”が見えていたんだろうか。なーんてw

ユカがアグレッシヴ(既に死んでいるがw)で全体的に明るい雰囲気で良かった。
モモの介在があったとはいえ、いきなりTVから出てきてこんにちはなんていう
在り来たりなコメディ路線も、最近の作品の傾向からすると新鮮で良かった。
やっぱりモモがキューピッド役の方がいいスね。もう転職しちゃいなよ?w
10巻は『炭酸水と透明のキミへ』に全盛期(って書き方も変だが)の片鱗を見たぜ。
モモの今後よりも、今まで出てきたキャラの今後が気になるのは俺だけなのかしら~?w

あ、作中に出てきた能天気幽霊の波佐間 ユカね、どっかで見かけたことある気がするんよ。
一応1巻からパラパラ~って目を通したけど発見出来なかった。俺の勘違いだろうか。むむむ。

おかんVS黒い悪魔は良かった!俺もあいつは苦手さぁ。
ウチも基本的におかんが出動しますね、妹から俺に救援要請が出ても
「霧塚は驚きすくみあがっている!」なので。だってあいつ・・・飛ぶんだぜ?w
3億年前から生きているなんて!古代に生きていた奴を見た事があるが、あれはヤバい。
デカすぎ。最凶の兵器です。古代に生きていたサソリはあんなにかっちょいいのに!w

『その流星の命は』。トウカとキョウカ、モモとアン。この話、いい加減に展開を
ずずいっと進めて欲しいんですけど、それってイコール最終巻って事ですよね・・・。
それはそれで哀しいんだよなぁ。俺が好きなキャラ達にもう出会えないなんて嫌だわ!w
つーか最近、「モモいらない」と思うことがある。今回もあまり活躍してないし。
作者的に、モモは物語の中で最前列に置いておきたいのか、
それとも後列に置いておきたいか、どっちなんだろう。
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2007/04/02(月) 13:54:03) | 今日もだらだら、読書日記。